事業引継ぎ支援事例 No.01

従業員、顧客の想いを、
県を超えて引き継ぐ。

平成16年、60歳で給食事業会社「さいたま給食株式会社」を立ち上げた中里氏。堅実な経営で、黒字決算を続けてきたものの自身の年齢が70歳を過ぎたころ、「どこかで線引きをしなくてはならない」と経営者の引退を考え始める。
「己の欲せざる所は人に施す勿れ」という自身の信条を体現するように、顧客・従業員を大切にした事業引継ぎが進んでいく。

70歳を過ぎ、引退を考え始める。

大手給食事業会社に勤務していた中里氏が、60歳で立ち上げたさいたま給食(株)。60歳での独立という背景から、融資に頼らない堅実な経営を徹底し、黒字決算を続けていた。中里氏の「己の欲せざる所は人に施す勿れ」という信条が貫かれた人情味にあふれる経営が、顧客や取引先の輪を広げ、事業基盤は安定。社内に目を向けても、離職率が高いと言われる給食業界にありながら、会社を去る社員はほとんどいなかったという。しかし、独立から10年の月日が流れ70歳を迎えた中里氏の脳裏にも「引退」の二文字がよぎるようになっていた。

「赤字だったわけではないので、従業員に事業を承継できないか考えた。しかし、経営者になるリスクを背負わせられる従業員はいなかった」と語る中里氏。従業員として務めているうちは見えない、経営者になるリスクや金銭的な重圧を考えると、従業員に事業を引き継ぐという選択肢は選べなかった。その末に、従業員を現在と同じ待遇で次の会社に引き取ってもらい、現在と変わらずに働き続けてもらうという選択肢に行きついた。内心では、会社を譲渡するか否かに迷いがあった中里氏だったが、どこかで決断をしなくてはいけないと事業引継ぎに向けた準備に踏み出す。その第一歩として「後継者問題にいかに対応するべきか、そして実際に自分の会社の価値がどれほどのものなのかを知りたい」との想いを胸に、2016年1月、埼玉県事業引継ぎ支援センターに足を運んだ。

従業員とお客様を何よりも大切にする姿勢を貫き、事業を引き継いだ中里氏。

売り手の想いと、
買い手側の企業戦略がマッチ。

相談に対応した埼玉県事業引継ぎ支援センターの髙嶋氏は、「中里氏は、以前からM&Aを選択肢に入れて事業承継を検討していた。従業員に譲るのは難しそうだが、会社の業績も悪くないので第三者に譲りたいという意向だった」と初回相談を振り返る。埼玉県事業引継ぎ支援センターは、近隣都県のセンターとの情報交換を通して、県域にとらわれない幅広いマッチングを図った。

事業引継ぎの歯車が回り始めたのは、2016年6月。東京都事業引継ぎ支援センターとの情報交換の中で、給食事業の買収ニーズを登録している企業があることが分かったのだ。

買収ニーズを登録していたのは(株)CSSホールディングス。経営戦略として積極的にM&Aを活用し、事業規模を拡大してきた企業だ。通常、遠隔地になればなるほどM&Aの進行管理も難しくなり、事業引継ぎの成約率も下がっていく。しかし、(株)CSSホールディングスは、傘下に神奈川県に本社を構える給食事業会社、ヤマト食品(株)を持ち、全国の企業を対象にしたM&Aで給食事業拡大を目指しているという好材料が揃っていた。

実は中里氏も、ここに至るまでに付き合いのあった税理士から紹介を受け、第三者への事業引継ぎを試みた経験があった。しかし「条件は良かったが、相手側に給食事業の経験がなかった。これではお客さんは納得してくれない」と語るように、引継ぎ手の選定においても、お客様第一の姿勢を貫き、給食事業者に譲渡することを譲れない条件としていた。

事業を引き継いだヤマト食品(株)の作業風景

顧客・従業員を何よりも考えた引継ぎへ。

同業他社で条件が揃いさえすれば、規模の大小を問わず買収をする方針を打ち出していた」。そう語るのは譲渡先としてマッチングされた(株)CSSホールディングス傘下、ヤマト食品(株)の岩見社長だ。「売り上げ規模は小さいという印象は受けたものの、事業拡大をするうえでM&Aをしない理由はない」と当時を振り返る岩見社長は、長年にわたり健全な経営を続ける、さいたま給食(株)とのM&Aに躊躇はなかった。ヤマト食品(株)から本格的に検討したいという意向があったのち、埼玉県事業引継ぎ支援センターが両者を取り持つ形で事業引継ぎの調整に入った。

いわばM&A慣れしているヤマト食品(株)と、ひとりで手続きを進めるさいたま給食(株)。埼玉県事業引継ぎ支援センターの髙嶋氏は、M&Aに慣れていない中里氏に対して、ヤマト食品(株)との契約交渉に必要となる書類をいかに作成するか、経営状況を示すためにどんな資料が必要かなど実務上の助言を行うとともに、両者のモチベーションを落とすことがないよう、密なコミュニケーションを図りながら事業引継ぎの成約に至るまで調整役に徹した。

契約に当たって、中里氏から提示された条件はふたつ。まずは、現在のお客さんに迷惑をかけないこと。そしてすべての従業員を現在の待遇で引き取ってもらうことだった。岩見社長は「M&Aでは、価格をどうするかという点が大きな争点になるが、中里さんは顧客、従業員への想いが第一にあった」と調整時の印象を語る。一方で中里氏も「提示した顧客、従業員への条件をヤマト食品さんが受け入れてくれたので、そのあとは早かった」と語るように、お互いの意向がかみ合う形で、調整は進んでいった。この際に、中里社長が顧問として一年間、会社に残ることが取り決められたが、これも従来の顧客対応を睨んでのことだった。

事業を引き継いだヤマト食品(株)の作業風景
戦略的なM&Aで事業規模拡大を目指すヤマト食品(株)岩見社長。

関わるすべての人がハッピーな結末に。

当初株式譲渡で進められていたが、中里氏の意向で最終的には事業譲渡という形式で事業引継ぎが完了。ここには、従業員に対する経営者としての責務を果たしたいという中里氏の想いが込められていた。事業譲渡にすることで、社員はさいたま給食(株)を退職扱いとなるため、退職金を受け取ることができるのだ。また、事業譲渡が決定した段階で経緯や譲受企業となるヤマト食品(株)を紹介する書面を作成し、一軒一軒、顧客や取引先を回った。

「基本的には皆さんに納得していただけた。同じ給食業界で大きな会社のヤマト食品さんだから安心感があったはずだ」と中里氏は振り返る。

事業引継ぎが完了した際の心境を「終わり良ければすべて良し。食べ物商売の中で、一度の事故もなく、無借金で終われただけでなく、経営者としての責務も果たせた。熱意を持ってサポートしてくれた髙嶋氏には感謝している」と満足げに語った。

戦略的にM&Aを活用する大きな規模の企業と、小規模の企業。一見ミスマッチに見える事業引継ぎから見えてきたのは、企業の規模を問わずにあらゆる企業に事業引継ぎが成功する可能性があるということではないだろうか。来る引継ぎの日に向け、いい会社を育てることが後継者問題の第一歩になるはずだ。さいたま給食(株)においても、健全な経営を長年続けてきたことが、神奈川県と埼玉県という遠隔地の縁を結び、円滑な事業引継ぎの実現につながったのではないだろうか。

事業を譲渡したさいたま給食(株)中里氏(右)と埼玉県事業引継ぎ支援センター 統括責任者、石川氏(中央)、ヤマト食品(株)岩見社長(左)。

事業引継ぎの流れ