CASE .06
事業引継ぎ支援事例 No.06
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30歳以上の年の差を超えた信頼。
老舗和菓子店を引き継ぐ。
創業100年以上の老舗である福井県の和菓子メーカー、株式会社恵比須堂。60歳を超え、これまでのような「攻めの経営」が難しくなったと判断した社長の中道直氏は、後継者を探すため県の事業引継ぎ支援センターを訪れた。事業を引き継いだのは、障害者就労支援を手掛ける33歳の経営者。裏表ない誠実さで信頼を構築するにいたった経緯とは。
体力の衰えにより、「攻めの経営」が限界に。
福井土産として多くの観光客が買い求める羽二重餅や「けんけら」。その製造を手掛ける株式会社恵比須堂(現在はえびす堂と改称)は、大正6年(1917年)の創業から100年以上続いてきた老舗の和菓子メーカーである。
中道直氏は26歳の時、営業職として(株)恵比須堂に入社した。「観光業が伸びていた時期で、お土産の和菓子を扱う企業は面白いと思いました」と当時を振り返る。
手腕を買われて33歳の時、先代社長から株式譲渡の形で(株)恵比須堂を引き継ぐ。社長との間に血縁関係はなく、第三者承継だった。
その後、35年間、中道氏は経営全般、営業、新製品開発と、ひとり三役も四役もこなし、お正月三が日以外は休まず働き続けた。経営を引き継いでからというもの、バブル崩壊後の景気低迷、消費者の嗜好変化や人口減少など小さな和菓子メーカーにとっては厳しい環境が続いた。
そうした中で中道氏は「攻めこそが最大の防御になる」と考え、新製品を考案し続けた。いくつも出した新製品のうち、ひとつでもヒットしてロングセラーとなれば、会社を支える柱になるからだ。
そんな中道氏も、会社の将来を思い事業承継を考え始めた。「60歳を過ぎる頃から体力の衰えを感じ、以前のような攻めの経営ができなくなってきた。ここ数年は新製品を出しておらず、守りに入ってきた」ためだ。
羽二重(はぶたえ)餅の製造風景。1つずつ手でコンベヤに乗せていく
羽二重餅の製造風景
越前餅粉を使った口当たりなめらかな 優しい味は、これからも受け継がれていく
後継者不在も、
志ある経営者と出会う。
自身の家族や親戚からは後継者が見つからず、考えた末、中道氏は2015年頃、福井商工会議所を訪れた。商工会議所を通じて(株)恵比須堂の情報が福井県事業引継ぎ支援センターに共有されてから2年ほど経った2017年12月、福井信用金庫からセンターに、M&Aを検討している企業がある、という情報が寄せられた。障害者就労支援サービスを手掛ける、有限会社ワークハウスである。
代表取締役の嶋田祐介氏は高校卒業後、会社員を経て21歳の時に起業し、運転代行・貿易などの企業を経営。その後、実父が立ち上げた障害者就労支援事業の会社を、2015年に承継していた。
経営ビジョンは、「障害者と健常者の壁をなくすこと」。障害の有無や軽重に関わらず、ひとりひとりが目標を立て、同じ作業を1週間前より少し速くできるようになったり、1か月前よりできる仕事の範囲が広がったりする、個人の成長を重視している。
自立心を養う人材マネジメントが奏功し、働きたい障害者が続々と集まってきた結果、従業員数は88名にまで増えた。障害の度合いや体力により働き方には個人差がある。「週3回働ける人。丸一日はきついけれど、半日なら働ける人。それぞれの状況に合わせて仕事のシフトを組みます」と嶋田氏は語る。
当初は自社に登録した就労希望の障害者を様々な企業に派遣していたが、次第に自社でも事業を手がけるようになる。これまでにも「車の仕事がしたい」という希望に応え、自動車の板金などを手掛ける企業を買収したことがある。「従業員の夢をかなえられる場を、仕事を通じて作りたい」と考え、実践してきた。
福井信用金庫経由で、(株)恵比須堂が事業引継ぎ先を探している、という情報を得た嶋田氏は、従業員と共に(株)恵比須堂の工場を訪れた。同行した従業員のひとりが「ここの(和菓子作りの)仕事をしたい」と言ったことが決め手となり、引き受けを決心したという。
年の差を超え、早期に信頼関係を構築。
2018年3月から具体的な話が進み、5月末には正式に成約となった。通常は成約に至るまでに1年以上かかるが、わずか3か月というスピードだった。福井県事業引継ぎ支援センターのマッチングコーディネーター※である竹川充氏は「(中道氏と嶋田氏の)信頼関係が初期に出来たことが成功のポイント」と振り返る。
中道氏は自社の帳簿などの情報を全て開示し、嶋田氏と腹を割って何でも話し合った。中道氏は嶋田氏について「温厚で人の話をよく聞くと思う。工場を見に来た時、丁寧に見て回ったのが印象的。33歳と聞きました。私が社長になった時も33歳でした。不思議な縁を感じます」と語る。
事業引継ぎの成否を決めるポイントは2つある。1つ目は従業員、取引先、製造技術などの引継ぎ条件。2つ目は金額で、譲り渡し企業と譲り受け企業の双方が共に納得する公平性が重要となる。
お互い裏表ない誠実な人柄で信頼関係が出来ていたため、交渉は順調に進み、嶋田氏は中道氏が出した条件を全て受け入れた。それは、取引先と従業員を丸ごと引き受けることと、「けんけら」の製造を続けることだった。竹川氏が第三者的な視点から企業価値を算出し、その公平で客観的な評価もあって中道氏、嶋田氏は価格面ですぐに合意した。
※事業引継ぎ支援センターに登録されている、MAを主たる業または業の一部とする士業法人等。
事業引継ぎを通して、従業員の仕事の可能性がさらに広がる
従業員と商品が守られ、「攻め」の取り組みも。
(株)恵比須堂が創業以来作り続けている「けんけら」は、中道氏自ら(有)ワークハウスの従業員に指導し、仕入れなど取引先にも同行して、事業引継ぎ後もスムーズに製品の製造・出荷ができるように支援をしている。
中道氏のこうしたサポートについて、嶋田氏は語る。「通常、M&Aは引き継いだらおしまいですが、中道さんはフォローの域を超えて助けてくれる。一緒に会社を成長させよう、つなげていこうという意思を中道さんご夫妻の献身的なサポートから感じることがたくさんありました」。
経営者の信頼構築により、大事な従業員と製品を守るという中道氏の当初の目的は果たされた。特に、中道氏にとって「けんけら」の製法技術を引き継げるという安心感は大きかった。嶋田氏は、早速若者にも受け入れられる「けんけら」の新商品開発に取り組んでおり、中道氏はその「攻め」の経営姿勢を高く評価する。
福井県事業引継ぎ支援センター統括責任者の舘則夫氏は、県内中小企業の経営実態を次のように解説する。「県内中小企業のうち、経営者が60代以上のところを見ると、6割しか後継者のめどが立っていません。そのうち9割が親族です。つまり、親族で後継者が見つからない場合は廃業を検討する方が少なくありません。特に今は、人手不足感から建設などを中心に買い手の需要が高くなっています。地域企業の成長戦略にうまくM&Aを取り込んでいくことがセンターの役割と考えています」。 メディアを賑わす大企業同士や国境を越えたM&Aと異なり、中小企業のM&Aは雇用機会の確保であり、地域の経済動向に直結する。譲り渡し企業、譲り受け企業双方の意向が充分に汲まれ、両者の成長戦略が合致してこそ、M&Aによるシナジー効果が生まれていく。その時鍵を握るのが、双方の経営者が信頼関係を構築し、ビジョンを共有することであるが、それを支えるのは「信頼」という人間関係なのではないだろうか。
事業を譲り渡した中道氏(左)、福井県事業引継ぎ支援センターの舘氏(中央)、事業を譲り受けた嶋田氏(右)
事業引継ぎの流れ
- FLOW -
STEP.01 体力の衰えから「攻めの経営」が困難に
STEP.02 後継者不在から、第三者承継を考え福井商工会議所に相談
STEP.03 (株)恵比須堂の情報が、福井県事業引継ぎ支援センターに共有される
STEP.04 福井県事業引継ぎ支援センターに買い手の情報が寄せられる
STEP.05 買い手と早期に信頼関係を構築し、交渉開始から約3か月で成約
STEP.06 引き渡し後も、自ら買い手従業員を指導し製造・出荷をサポート
STEP.07 大切な従業員と商品が守られただけでなく、新商品開発もスタート