〈事例2〉
アイゼック株式会社|後継者人材バンクの事例紹介
後継者人材バンク、
事業承継融資制度を
活用した
事業引継ぎを実現
「このままでは後継者がいない……」。東京都府中市で防犯カメラシステムの製品開発、販売、保守をすべて一人でこなしていた敏腕経営者が、ある日、自社の将来に不安を抱えるようになった。事業承継の相談を受けた東京都多摩地域事業承継・引継ぎ支援センターは、神奈川県事業承継・引継ぎ支援センターと連携し、起業家志望の若者との事業引継ぎを支援。無事、株式譲渡契約を締結した。センター間マッチング、後継者人材バンク、事業承継融資制度を活用して実現した事業承継を振り返る。
70歳という節目を迎え、
後継者不在の不安を感じた
テレビのニュース番組では、ほぼ毎日のように事件や事故などの防犯カメラ映像が流れている。今や防犯カメラシステムは、我々の生活に欠かすことのできない存在になったといえる。そのような今日の可能性をいち早く見出し、事業化したのが、アイゼック創業者・吉良 修氏(72)である。
吉良氏は大手電機企業で映像技術を修得。その後転職し、工場や物流における自動化業務を担当した。そのつながりで、通商産業省(現 経済産業省)製造科学技術センターにおいて、ネットワーク標準化業務に従事。その時に大手通信会社からの依頼を受け、インターネットを利用した画像伝送装置の開発に着手した。これがアイゼックの防犯カメラシステム技術の原型となった。
そんな折、勤務先企業が画像関連事業から撤退した。吉良氏はこれと同時に退職を決意し、2004年にアイゼック株式会社を立ち上げた。
創業後は、コンピュータの通信技術の知識、さらに営業や経営ノウハウを生かし、新規顧客を次々に開拓。鮮明な画像記録とインターネットを使った同社独自の遠隔カメラ監視システムは、瞬く間に顧客の評判となり、売り上げは右肩上がりとなった。
2018年に70歳という節目を迎えると、ふと、会社の将来を考えるようになった。「娘が一人いて、娘婿にも声をかけましたが、会社を継ぐ意志はありませんでした。従業員にも適任者がいなかったので、一時は廃業も検討しました」と吉良氏。
だが、廃業となると、仕入れ先や顧客に多大な迷惑をかけてしまう。事業を継続する方法を模索し、商工会や税理士に相談したところ、東京都多摩地域事業承継・引継ぎ支援センター(以降、多摩センター)を勧められ、吉良氏は2018年12月に訪問。同センターのサブマネージャー・経営者保証COで弁護士の岩崎紗矢佳氏が対応した。
事業承継のデータベースにアイゼックの会社情報を登録するやいなや、同社の優れた業績、また業種の将来性を見込んだ複数の企業がさっそく名乗りを挙げた。
だが、同社の商品だけを手に入れたい企業、顧客目的の企業など、どれも吉良氏の思いとはかけ離れたものばかりだった。そこで吉良氏は、譲渡先への条件として、技術の承継ができ、かつ仕入れ先や従前顧客に迷惑がかからないようにすることを最優先に挙げた。すると、譲受を希望する企業は、ほぼ皆無となった。
事態が進展しないまま、吉良氏が相談をしてから約5か月が経過した。そんなある日、多摩センターの岩崎氏は、ひとりの人物に注目した。それが、一都四県の情報連絡会資料に掲載されていた、神奈川県事業承継・引継ぎ支援センター(以降、神奈川センター)に登録していた中村龍一氏だった。
多摩&神奈川両センターによる
センター間マッチングが実現
中村龍一氏は、かつて大手プラント企業に勤務し、入社7年目29歳という若さで最年少管理職になったが、大企業における職務の可能性に物足りなさを感じ、将来は起業を切望していた。退職後、横浜企業経営財団の創業支援セミナーを受講。同財団から連絡を受けた神奈川センターの三浦政寿氏は、中村氏と面談。有能な人材であることを見込み、さっそく後継者人材バンクに登録。他センターに情報を共有した。
これがきっかけとなり、さらに中村氏が電気技術分野の資格を取得し、同分野への能力に長けていたこともあって、岩崎氏はアイゼックの後継者候補に選定。神奈川センターと連携し、センター間マッチングにより、吉良氏と中村氏の面談が設けられた。
防犯カメラシステムの企業を紹介された中村氏は、この分野であれば自分の能力を発揮できると確信。その後は吉良氏から直接指導を受け、習得した情報をすべて可視化し、データベースに入力した。「吉良さんに何度も聞くのは申し訳ないので、教わったことはすべてクラウドサーバーに残しておこうと考えました。専門用語が多いですが、この分野で使われる言葉はある程度関連しているので、理解しやすかったです」と中村氏。一方の吉良氏は、「面談でお会いした時からすでに独立の準備をされていて印象が良かった。その後の事前研修でも理解度が高く、仕事を覚えようという意気込みの強さを感じました」
吉良氏は、自ら築いた会社を中村氏に託すことを決意。契約に話が進んだ。
事業承継の融資制度を活用し
個人でも多額の資金を調達
とはいえ、今回のケースは、譲受者・中村氏が個人ということもあり、経営者交代後の資金面が課題になった。
その点、中村氏は前職の退職金のほぼ全額を自己資金として投じる覚悟を見せたことに加え、経営承継円滑化法に基づく事業承継・集約・活性化支援資金の融資制度の利用を視野に入れ、解決を目指した。
今回、同融資制度に関わった日本政策金融公庫 立川支店 国民生活事業の望月幸美氏によれば、吉良氏、中村氏ともに財務・信用調査に協力的だったうえ、これといった瑕疵もなく、また両者の関係が円満だったこともあり、総合的に勘案し、概ね希望していた融資が可能であると判断した、とのことだった。
こうして、吉良氏が多摩センターに訪れてから約11か月後、中村氏との6か月に及ぶ引継ぎ期間を経て、2019年11月に株式譲渡契約を締結。翌年6月に中村氏はアイゼック代表取締役に就任した。
今回の事業承継を振り返って吉良氏は、「日々の業務をマニュアル化しておけば良かったと思いました。経営者の多くは、すべて頭で判断し、行動していると思います。しかし、それでは事業を引き継ぐ人にとって、理解しづらいことだと感じました。今回は中村さんがすべて文書化しました。やはり中村さんなら会社を託せる適任者だと思いました。何より中村さんをご紹介、株式譲渡契約にご支援いただいた多摩センターの岩崎さんには、感謝しかありません」
また、中村氏は、「国内には、小さくても確かな技術を持った会社がまだたくさんあります。これから起業を目指す人は、そういった会社に目を向けるのがいいかもしれません。事業承継の制度を活用すれば、一から創業するよりもリスクを軽減できると思います。事業承継は分からないことだらけでしたが、神奈川センターの三浦さんに解決していただきました。本当に良かったと思います」
アイゼック株式会社
- 所在地:東京都府中市美好町2-9-2 川合ビル1階
- 会社設立:平成16年
- 事業内容:防犯カメラシステム機器の開発・販売