〈事例3〉雲仙湯元ホテル|第三者承継の事例紹介
創業300年超の
名門温泉旅館。
歴史と従業員を県内の
成長企業に
引き継ぐ。
長崎県・雲仙地域で最古の温泉旅館「雲仙湯元ホテル」。後継者不在に直面した13代目は、長崎県事業引継ぎ支援センターに相談、事業と雇用継続を前提とした地元企業への事業引継ぎが成立した。歴史ある豊かな地域資源を守りつつ、地元経済を振興させたいという想いを共有する譲受企業に、歴史ある旅館の未来を託す。
名門温泉旅館、
山積みの経営課題。
長崎県の島原半島西部に位置する雲仙市。昭和9年、日本で最初の国立公園に指定された自然豊かな地域だ。明治時代には外国人の避暑地として栄えた古くからの温泉街に、(株)雲仙湯元ホテルがある。
創業は元禄8年(1695年)、雲仙の「湯守」役として開業した「湯本旅館」に遡る。温泉旅館の13代目となる加藤宗俊氏は、若い頃から家業の手伝いをしてきた。次男だったため家業のホテルを継ぐつもりはなく、東京で就職し外資系企業に勤務。結婚し、幸せな家庭生活を送っていた。
ある時、勤務先から加藤氏に海外への単身赴任が持ちかけられた。ちょうど、長崎に帰り家業を手伝う話も出ていた。キャリアの岐路に立たされた加藤氏は、妻の由美氏に相談する。
長崎県出身で、加藤氏同様に雲仙の豊かな自然に思い入れのあった由美氏と話し合いの末、加藤氏は(株)雲仙湯元ホテルへの就職を決意。フロントや営繕業務を経験し、総務部長を経て副社長に就任する。その後、社長だった兄が体調を崩し、選択の余地なく弟の加藤氏が2005年に社長となった。
加藤氏の前に表れたのは、山積みの経営課題だった。売り上げに対して過大な借入金、築40年近くなり耐震工事や改築が必要となった建物、金融機関による不良債権処理の強化、団体客の減少など、外部環境も厳しくなっていた。
300年以上続く歴史を守る
「湯守」の責任。
「雲仙温泉の歴史は、湯元ホテルの歴史でもある。先祖が島原半島に移住して約370年、噴火や飢饉を乗り越えて子孫に受け継いだ財産を私が守らなくては!という大きな義務感を覚えていました」と加藤氏は話す。
破綻寸前の状態からの起死回生を狙い、もともとあったホテルの運営会社を特別清算。妻の由美氏を代表とする新しい組織・(株)雲仙湯元ホテルに営業譲渡する、大胆な事業再生を断行した。由美氏は東京での専業主婦生活から一転、旅館で働きながら子育てをしつつ、さらに経営者となった一連の出来事を笑顔で振り返る。
「結婚する時、プロポーズの言葉が『絶対にあきさせません』だったんです。本当に『あきない(商い)』をするとは思いもよりませんでした。朝起きて、山々の緑を感じながら空気の良いこの温泉街を歩くのは本当に幸せなひとときです」。
こうして当面の経営危機を乗り切った加藤夫妻の前に表れたのが、後継者問題だった。様々な工夫で売り上げは順調に増えていたものの、都市部から遠い立地もあり、若い従業員の確保に難儀していた。加藤夫妻の子ども達には家業を継ぐつもりはなかった。
折しも、全国規模で宿泊業を展開する大企業が雲仙地域に進出を始めており、(株)雲仙湯元ホテルの老朽化した建物の改修を含む設備投資は、待ったなしの状況だった。
「せっかく事業再生を果たしたが、後継者不在では建物をリニューアルするための借り入れもできず、従業員や取引先に迷惑をかけてしまう」。
こうした問題意識を持っていた加藤夫妻は、2017年8月、長崎県事業引継ぎ支援センターが主催するセミナーに出席、続く個別相談会でホテルの事業を引き継いでくれる企業を探していることを伝えた。引継ぎの条件は、当初から明確だった。
1つ目は全従業員の継続雇用、2つ目は全取引先の取引の継続、3つ目は長崎県に本社のある企業に引き継いでもらうこと、4つ目は「雲仙湯元ホテル」という名前を残し歴史を継承することだった。
県内の有力企業が、
伝統に価値を見出す。
相談を受けた長崎県事業引継ぎ支援センターの統括責任者・小林猶敏氏は、次のように話す。「長崎県の宿泊業は人気があり、譲受希望は他県からも寄せられました。ただ、加藤ご夫妻は地域経済に貢献するため『ぜひ県内の企業に』というご希望が強かった。それに応えなくては、と思いました」。
引き受け企業となった(株)メモリードは、冠婚葬祭を中心に、保険からホテルやリゾート事業まで多角的な経営で成長を続ける長崎の有力企業だ。長崎県内に総合本部を置き、全国に183施設を展開する。長崎で数少ない売り上げ1000億円企業を目指す代表取締役会長の吉田茂視氏は、長崎商工会議所副会頭を務め、地元経済の振興や雇用の維持の重要性をよく理解していた。
吉田氏は「雲仙湯元ホテルの伝統に価値がある。私たちが強い基盤を持つ福岡地域から集客すれば、収益は必ず改善できる」と自信を見せる。地域経済の担い手となる優秀な人材確保は吉田氏にとっても経営課題であり、これまでも買収した企業や、譲り受けた企業の従業員は、継続して雇用していた。
長崎県事業引継ぎ支援センターは、連携する支援機関から有力な譲受候補である(株)メモリードの情報を得て、加藤夫妻に打診。事業引継ぎ支援センターのマッチングコーディネーター※である石井計行税理士が、加藤夫妻の意向をよく聞き取り、譲渡価格の算定と複雑な権利関係が絡む譲渡条件を徹底的に整理した。
※事業引継ぎ支援センターに登録されている、M&Aを主たる業または業の一部とする士業法人等。
伝統と経営ノウハウの
相乗効果が生まれる。
(株)メモリードは長崎を拠点とする企業であるのはもちろん、雇用や取引先の維持、そして(株)雲仙湯元ホテルの伝統を継承する意義をよく認識していた。さらに、長崎県内で7カ所のリゾートホテルなどを所有・経営しており人員やノウハウを蓄積していたことや、九州内の宿泊施設間で人員を融通することで、人手不足の対応もしやすくなる。
加藤夫妻の提示した譲渡条件を満たすだけでなく、経営力の高い(株)メモリードに譲り渡せば(株)雲仙湯元ホテルの従業員の待遇改善にもつながると、加藤夫妻は(株)メモリードへの譲渡を決意。2018年5月に基本合意書を、8月には株式譲渡契約書を締結した。
(株)メモリードは早速ロビーを改装し、現在は客室単価を上げるべく、一部の部屋を改装中だ。また、(株)メモリードのネットワークをフルに活用し、日帰り利用客の獲得や会議などのイベント需要の喚起などにも精力的に取り組んでいる。
小林氏は長崎県全体の傾向について、「最近は離島の案件、特に宿泊業の事業承継の相談が多く寄せられます。長崎県は人口流出が深刻なので、県内雇用の維持、地域経済の振興につながるように、県内での事業引継ぎに注力しています」と語る。
顧問としての引継ぎ期間を終え、先祖代々から受け継いだホテルを無事に譲り渡した加藤夫妻は、現在、雲仙地域の活性化につながるような事業主を支援する新たなビジネスを立ち上げようとしている。「これからは雲仙の美しい自然を守りつつ、観光資源として活かすための役に立ちたい」と穏やかに語る加藤氏の表情は、「湯守」としての新たな使命感に溢れていた。
事業引継ぎの流れ
-
- 1
- 社長だった兄が体調を崩し、
加藤氏が社長に就任
-
- 2
- 山積する経営課題に直面。
経営の立て直しが急務に
-
- 3
- 経営危機を乗り越えるも
後継者問題に直面
-
- 4
- 長崎県事業引継ぎ支援センターの
セミナーに参加し、個別相談
-
- 5
- 全従業員の雇用継続などを条件に
長崎県内で引継ぎ候補探しをスタート
-
- 6
- 県内に総合本部を置く有力企業が伝統に
価値を見出し事業引継ぎ
-
- 7
- 300年を超える伝統が守られ更なる
活性化に向けた取り組みもスタート