〈事例9〉みねおかいきいき館|第三者承継の事例紹介
地域のシンボルを守る。
この地で豊かに暮らせる
仕組み作りを
目指して。
日本酪農発祥の地である千葉県南房総市大井地区に設立した有限会社みねおかいきいき館。これまで乳 搾りや田植え、わら細工作りなど酪農・農業体験を目的とした東京都内の小学校の校外学習の受け入れや、地域の防災の拠点としての役割を担っていた。しかし、近年は厳しい経営状態が続き、さらに設立から20年以上が経過していたことで、出資した地元酪農家たちの高齢化も深刻になっていた。施設の存続を願う同じ志を持った地元の後継者に運営を託すにあたり、創業者たちは事業引継ぎの難しさを痛感していた。
経営の行き詰まりによって
高齢化の問題が浮き彫りに
東京から車で約90分。緑の自然あふれる千葉県南房総市大井地区は、江戸幕府8代将軍・徳川吉宗がインドから白牛を輸入、繁殖したのをきっかけに、酪農産業が発展。千葉県はこの地域を「日本酪農発祥の地」と定め、1995年に展示施設「酪農のさと」を開場させると、近郊から観光客が一気に増加した。
同施設の集客を当て込み、さらにこの地域に立ち寄る場所がほかになかったことから、大井地区の酪農家たちは、食事や休憩ができる施設を提案。7人の酪農家たちが出資、1998年「みねおかいきいき館」が誕生した。
設立当初は飲食や地場産品の販売のみだったが、のちに酪農、農業、食品加工、自然などの体験コースを運営するようになると、これが見事に成功した。5月から11月は東京都内の小学校から校外学習で多くの児童たちが訪れた。冬でも温暖なこの地域は、1月~5月にはイチゴ狩りで集客を確保できた。一年を通して常に訪問客が絶え ない盛況ぶりだった。
ところが、近年は経営状態が思わしくなくなり、先行きが見えない状態が続いた。その原因を「時代の変化についていけなかった」と語る元代表・朝倉常夫さん。
南房総市朝夷商工会の経営指導員で、同施設の財務状況を見ている和田京子さんは、「6~7年前から財務面で厳しい状態が続くようになった。館山自動車道の全線開通(2007年)で人の流れが変わったことで、集客が落ち込んだのがひとつの原因。そこで専門家にアドバイスを依頼すると、この地域をオートキャンプ場として活用するアイデアが挙がった。ところが、出資者らの高齢化が進んでいたためか、新しいことをやろうという意欲や行動が伴わなくなってしまっていた」
経営が順調なときは先のことは考えず、日々の事業に邁進すればよかったが、売り上げの減少とともに、これまで想定していなかった経営の難しさに直面した。さらに設立から20年近くが経過し、出資した酪農家たちはみな80歳前後になっていた。経営の行き詰まりによって高齢化という問題があらためて浮き彫りになった。
当事者同士では難しい
事業引継ぎの話し合い
「子供たちの笑顔をいっぱい見てきた。この施設をこれまで一生懸命盛り上げてきたこともあって、簡単に閉めたくないという思いが強かった」
そのように胸の内を明かした創設メンバーの判澤茂さんも、施設の存続を切望していた。しかし、後継者の選定、株式譲渡の契約などは具体的にどう進めればいいのか、出資者の間で不安が募っていた。
元代表の朝倉さんは、「やはり地元の施設だけに、地元の人に継いでほしいという思いが強かった。この 地をまったく知らない人が事業を引き継ぐと、経営が厳しくなれば事業を早々にやめてしまうのではないだろうか」
そう考えていた朝倉さんは、南房総市大井区長である芳賀裕さんに後継者探しの相談をした。芳賀さんは、2011年東日本大震災の支援経験から、地域の人々を支える防災の要として、みねおかいきいき館のような施設が必要という思いを強く持った。
「地域の中心的な建物をつぶしてはならない。引き継ぐことに意味があった」という思いもあり、地元で自動車販売・整備業を営む川上勝さんと二人で事業を引き継ぐことを決意した。
こうして、川上さんと芳賀さんが施設の後継者として内定した。しかし、いざ事業引継ぎの話し合いとなると、本人同士では難しかった。そこで経営指導員の和田さんの依頼で、千葉県事業引継ぎ支援センターの田仲辰夫さんが、本件の事業引継ぎの手伝いをすることになった。 実は田仲さんもこの地域の出身者だった。現在は離れて暮らしているものの、「大井地区のシンボル的な施設が危機に直面していると聞いて、なんとか存続させたいという思いが強かった」と振り返った。
田仲さんは、まず株式の譲渡側と譲受側の双方の要望を聞きつつ、契約書の必要事項に何を盛り込むべきかを熟考した。次に譲渡側、譲受側が一堂に会した会議に参加し、引継ぎにあたっての注意点、未払金の処理等、双方が納得できる具体的な説明をした。
「我々は事業引継ぎのアドバイスや契約書の作成が中心だが、もちろん当事者同士がしっかり納得できる形にしないといけない。本件に限らず、事業引継ぎの際は、売り手と買い手の双方に『一年、いや少なくとも半年は互いに事業を見守ってもらいたい』とお願いしている。契約という形だけではなく、人と人とのつながりを確かなものにしていきたい」
川上さんと芳賀さんともに、契約書を交わす段階では施設の運営はまったくの素人だった。そこで田仲さんのアドバイスもあって、契約内容に館内スタッフの継続雇用、譲渡者が1年間の運営サポートをすることなどを盛り込んだ。譲渡契約が完了して和田さんは、「施設の財務や内情をある程度把握しているだけに、私だけでは契約に至らなかった。一昨年から事業引継ぎ支援センターの存在を知り、こうして引継ぎの後押しになってもらえたのは、本当に良かった」と振り返った。
事業引継ぎの不安は
早めに解消しておくべき
こうして1年間の引継ぎ期間を経て、施設は2019年8月に川上さんと芳賀さんに受け継がれた。ところが、それから1週間も経たないうちに、台風15号がこの地域を襲った。大井地区の防災士でもある川上さんは、次のように語った。
「被災中、炊き出しでこの地域の人々の食事を確保できたことで、施設の防災上の意味合いがますます強くなった。引継ぎを終えてすぐの出来事だったので、即行動に移せたのもよかったと思う。あの10日間を乗り切れたからこそ、これから意地でもこの施設を残していきたい」
現在、芳賀さんは68歳、川上さんは66歳。引継ぎを終えたばかりだが、年齢的には設立当時の出資者よりも高い。とはいえ、大井区長として今後のビジョンを描いている芳賀さんは、それほど悲観していないという。
「今の60歳代~70歳代は元気な人が多く、うち何割かは、この地域に貢献したい、あるいは自分の生き甲斐を見出したいと考えている。この施設を通して、そういう人たちと仕事を分担できる仕組みを作ることができれば、一度地域を離れても定年した後に多くの人たちがこの地に戻ってくるに違いない。この地で豊かに暮らせる仕組みを作ることが、私たちの責務だと思っている」
みねおかいきいき館は、今後も地域の人々に愛され続ける場所として歩んでいくだろう。
今回のケースのように、事業の先行きが見えなくなってからでは、引継ぎはなかなか思うように進まなくなる。もちろん高齢化の問題も同じだ。現在、事業の引継ぎの悩みを抱えている経営者は、まず近くにいる顧問税理士といった専門家、商工会などの支援機関に相談してみたい。各都道府県に設置している事業引継ぎ支援センターが、専門的・中立的な立場で事業引継ぎの後押しをしてくれるだろう。
「みねおかいきいき館」 は新経営陣とともに、さらなる活性化を目指す
1. 体験学習コース・観光事業
田植えや稲刈り、牛の搾乳や餌やりといった農業・酪農体験や、創作、食品加工体験の受け入れ実施のほか、施設来場者の飲食、地域のお弁当の仕出しなどを軸とした観光事業での収益を見込んでいる。
2. 地域防災活動
2019年の台風15号で、南房総市大井地区は停電や断水等のライフラインに甚大な被害が出たが、その際、防災活動の拠点として、炊き出しで地域住民の食事を用意。10日間の避難生活を乗り切ることができた。
みねおかいきいき館(いきいき体験共和国)
- 所在地:千葉県南房総市大井681-2
- 電話:0470-46-8611
- 営業時間:午前9時〜午後5時
- 定休日:月曜日・火曜日
事業引継ぎの流れ
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- 1
- 施設の経営が思わしくなくなってきた
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- 2
- 出資者たちの高齢化が深刻に
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- 3
- 南房総市大井区長に後継者探しを相談
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- 4
- 経営指導員が千葉県事業引継ぎ
支援センターに連絡
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- 5
- 千葉県事業引継ぎ支援センターの
サポートで交渉がスムーズに進む
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- 6
- 手続き上の課題をクリア、
事業引継ぎの契約が完了
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- 7
- 1年間の引継ぎ期間を終え、
防災の拠点として確かな成果を上げた