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日本公庫とセンターが取り持った
顧客価値の向上を狙う若手経営者との出会い
株式会社小野製作所
- 第三者承継支援
- 東北地方
- 製造業
父が興した会社を
福島県いわき市。東北地方でありながら温暖な気候で高速道路や港湾が整備されていることから、古くから工場の立地が進み東北有数の工業都市となっている。映画で話題となったスパリゾート施設にも近い、いわき市遠野町に拠点を置くのが、株式会社小野製作所だ。
前社長の小野智広さんは、父が創業したこの会社を32歳のころに引き継いだ。もともと自動車などに使われる鋳物部品のバリ取りを主力業務としていたが、しばらくして需要の減少により経営が厳しくなる。そのため、ボルトやパイプのねじ切り加工などにも手を広げながら会社を維持してきた。そんな中、取引先からの勧めでNC(数値制御)旋盤を導入、その後マシニングセンタも設置して現在の主力業務となっているNC加工に軸足を移した。
前社長の小野智広さんは、父が創業したこの会社を32歳のころに引き継いだ。もともと自動車などに使われる鋳物部品のバリ取りを主力業務としていたが、しばらくして需要の減少により経営が厳しくなる。そのため、ボルトやパイプのねじ切り加工などにも手を広げながら会社を維持してきた。そんな中、取引先からの勧めでNC(数値制御)旋盤を導入、その後マシニングセンタも設置して現在の主力業務となっているNC加工に軸足を移した。
定年は55歳で
小野さんは40歳を過ぎたころから、ある思いを抱くようになる。「かつては定年って55歳でしたよね。自分もいろいろな職業を経験して、休日出勤も当たり前のように働いてきました。それなら自分も55歳をめどに後進に道を譲ろうかと思い始めたんです」(小野さん)。小野さんには3人の息子がいるが、他業種だったり経営者というタイプではなかったりと、親族内には後継者は見当たらない。社内でも優秀な社員はいるものの、経営を任せるには不安だったという。
【転機】後継者は第三者に
親族内や社内で後継者が見つからない小野さんは、第三者への事業譲渡を決意し動き始めた。まずは公的機関を活用するべく、よろず支援拠点に相談。また、つながりのあった日本政策金融公庫(日本公庫)にも悩みを打ち明けていた。
そうした流れの中で、日本公庫から譲渡先候補の紹介を受け、マッチングが急進することになる。
そうした流れの中で、日本公庫から譲渡先候補の紹介を受け、マッチングが急進することになる。
同じ県内でのM&A事例
一方、福島県事業承継・引継ぎ支援センター(以下センター)を活用し、既にM&Aで金属加工会社を譲受した若手経営者がいた。同じ福島県内に本社・工場を構える蒲田金属工業社長の青山康明さんだ。大手銀行からコンサルティング会社を経て福島県内の自動車部品の会社で働いていた青山さんは、いずれ会社を経営したいとの思いがありセンターの後継者人材バンク(※)に登録。後継者が不在だった蒲田金属工業を引き継いだ。
※創業や事業の拡大を目指す起業者・経営者と、後継者不在の経営者を引き合わせ、事業の引き継ぎを支援する事業。
【支援】2人の不安を解消
小野さんと青山さん、2人の間を取り持ったのがセンターである。「青山さんはM&Aの経験がありましたが小野さんは初めて。しかもそれまで全く縁がなかった2人なので、センターが間に入ることで不安を少なくできます」と語るのはセンターの統括責任者である若菜正典さん。「やはり知らない同士ですから、公的機関が入ってくれると安心して話せますね」(青山さん)。
連携で価値を向上
2人が出会ってから、事業譲渡はトントン拍子に進んだという。「会ってすぐ、あ、この人だな、って思いました。若いし、一生懸命話を聞いてくれたし」(小野さん)。「技術もあるし従業員の育成もしっかりされていて、今後も成長の可能性を感じました」(青山さん)。こうして2022年12月、事業譲渡が完了。青山さんはこれを機に、中小企業を連携して付加価値を向上させていきたい考えだ。
成功のポイント
今回の事業譲渡で特筆すべきは両社長の決断の早さです。譲受側が若い方だと譲渡側から見ると物足りないと思うことが多いのですが、今回小野さんは青山さんを信頼し、すべて任せるという姿勢でした。これも成功のポイントかと思います(若菜さん)。
福島県事業承継・引継ぎ支援センターによる事業承継事例
事業承継フロー
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1現社長が経営からの引退を視野に後継者を探す
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2よろず支援拠点、商工会議所、センター、日本公庫などに相談
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3日本公庫が若手経営者を紹介
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4双方を知るセンターがお互いの肩を押す
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5センター立ち会いのもと面談
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6株式譲渡による事業の引き継ぎが完了
企業情報
株式会社小野製作所

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