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廃業から一転、譲受先企業に再就職
想像もしていなかった未来が見えた
- 第三者承継支援
- 近畿地方
- 飲食サービス業
3代続く家族経営の仕出し弁当店で、経営者の妻が突然病に倒れた。仕事と看病の両立は難しく、事業継続が困難だと判断した経営者は廃業を決意したが……。
事業承継が難しかった理由
突然の出来事で営業が困難になり廃業するしかないと思った
魚市場から仕出し弁当へ
約3万本の桜が山肌を埋め尽くす人気の観光地になっている奈良県吉野郡。その吉野町に、戦後まもなく魚市場が誕生した。有限会社上市魚市場(2022年12月閉業)の3代目の代表取締役(当時)中谷義輝さんは、「海から離れた集落に良質な海の幸を届けたい、という祖父(創業者)の強い思いがあった」と振り返る。
当初は競りが行われていたが、周辺の小売業が年々減少し、仲卸として続けることが難しくなってきた。その頃、中谷さんは奈良市内の料理店で板前をしていたが、28歳の時、父から故郷に戻ってくるようにいわれた。当初は料理店を予定していたが、弁当の要望が多く、仕出し専門店として営業を開始。中谷さんと中谷夫人、そして数人のパートタイマーのみという、注文に応えるための最小限の人員で運営されていた。
突然、事業継続が困難に
多忙な年末年始をどうにか乗り越えたが、中谷さんは心身ともに疲弊していた。このまま仕事と夫人の看病を続けていくのは困難だと考えた。悩んだ末、中谷さんは吉野町商工会に相談。対応した事務局長の貝谷日出樹さんは、中谷さんに共感しながらも、「廃業ではなく、事業承継を検討されてみては」と背中を押した。
こうして商工会から支援を依頼された奈良県事業承継・引継ぎ支援センター(以下センター)は、奈良県内で仕出し事業を展開する株式会社ミライトリンクを譲受先企業として選定。代表取締役の中本和昭さんに、事業承継の話を持ちかけた。
地域の問題解決のために
ミライトリンクは、飲食を通じて社会課題に立ち向かい、より良い社会に繋がる事業を目指している。中本社長は、吉野町が抱えている過疎化や人口減少等の課題を解決に導く拠点として、店を活用できればと考えていた。
2月に初めて面会した両者は、お互い意気投合した。中谷さんは、「若いのに素晴らしい熱意を持っていて、従業員を大切にする方」と評価した。4月には基本合意の概要が決まり、その後具体的な契約の話に進んだ。
センターの支援で不安を払拭
事業譲渡に不慣れな場合、不安を感じることは少なくない。契約前に中谷さんの不安を払拭するため、センターのサブマネージャー・寺嶋史朗さんは、「箇条書きで要望を書いてもらい、弁護士、税理士、中小企業診断士等の専門家と話す機会を設けた」と語った。そうしたセンターの支援も相まって、中本社長は譲渡後の中谷さんを社員に登用するほか、夫人の看病の都合に合わせて適宜休暇を取得できるように約束してくれた。こうして10月に譲渡譲受契約が完了。そして2023年1月には、新たに「寿司・割烹 甚八 吉野店」として生まれ変わることが決まった。
事業承継を終えた中谷さんは、「これは第2の人生の出発だと思う。妻を看病しながら、従業員として雇っていただけるのは本当に感謝しかない。今後も地域や会社のために頑張ろうと思っている」と感想を述べた。予想外の出来事に心身ともに疲れ廃業も考えたが、今は料理人として働けることに喜びを感じている。
このように将来を見据えて早めに手を打てば、思いもよらなかった未来が見えてくるかもしれない。事業承継は悩まず、センターや関連機関にまず相談すること。それが経営者にとって最良の方法といえるだろう。
奈良県事業承継・引継ぎ支援センターによる事業承継例
事業承継フロー
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1業務と看病の両立が困難に、吉野町商工会に廃業を相談
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2廃業ではなく、事業承継を第三者承継による譲渡を打診
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3吉野町商工会が、奈良県事業承継・引継ぎ支援センターに支援を依頼
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4センターが譲渡先企業を選定、両者の面談を実施
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5前経営者が契約時の要望書を作成、後継者が承認し、契約が完了
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6新店舗の従業員として再就職、新たな人生のスタートを切った
企業情報
創業:1984(昭和59)年
事業内容:仕出し専門店
