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素材そのものの味にこだわり続け
残したかった“店”と“味”と“想い”
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50歳頃に、後継者のことを考え始めた。地域に愛されるお店と味、想いを引き継ぎ、100年続く和菓子屋を目指したい。
素材本来の味にこだわり64年
広島県のほぼ中央部に位置し、自然に恵まれた時間がゆっくりと流れる街、三良坂町に1959年(昭和34年)和菓子の製造販売として泉屋は創業した。創業当時は店主夫人の洋裁業と併用してなんとか軌道に乗せた。時が経ち、二代目の古野純浩さんが修行のため18歳で出て30歳の時に帰ってきた。以来、初代からの技術を受け継ぎつつこだわりを追及してきた。
“素材にこだわり、素材本来の味を引き出す”を心情にしても古野さんほど体現している人は珍しいだろう。古野さんは1年かけてもち米を自身で精米、製粉し小豆も北海道産のみを使用している。そうして完成された1番人気のかしわ餅は、1日で2000個を売り上げるほど地元に根強いファンを持つ。一心不乱に和洋菓子に向き合い続け、気が付けば“次”を考えるような時期になっていた。
考え始めた100年に向かう為の“次”
承継先を探すに当たって最も重要視したのは“人”だった。人が合わないと想いが合わない。想いが合わないと上手くいかない。その想いを共有できる人を探し始めた。相手がどういう想いがあるのか?自身の想いとすり合わせないといけない。
看板と味はもちろん守りたいが、最も重要なのは伝統や“想いを受け継げる人”を探す事。そんな中、三次広域商工会の紹介で広島県事業承継・引継ぎ支援センター(以下センター)に相談し、林さんが対応する事となった。
企画販売経験はあるが製造経験は無かった
立花さんは、大手企業においてマーケティングの経験があり、営業や商品開発に携わっていた。お菓子の製造経験はないが、広島県内での和菓子製造に関心があり、泉屋を紹介された。古野さんとの初めての会話では、「フィーリングが合うな」という印象。そして、柏餅を食べた時に「あぁ、これは(引き継いで)残して行きたいな」と強く感じ、その時から「古野さんさえよければ引き継ぎたい」と考えていた。
とはいえ、職人の世界は完全未経験でやっていけるほど甘くはない。焦点になったのはやはり実務経験だった。一人前に作れるのか?継続していけるのか?古野さんと立花さんの会話の中でも、やはりそこが引っかかった。立花さんは、古野さんへ実際に1か月間一時見習いとして職人が出向き、お菓子作りの経験、力量を古野さんに確認してもらうことを提案。結果は古野さんの太鼓判。不安要素が無くなり一気に話が進むこととなる。古野さん自身は、執行役員として残り、ともに歩むこととなった。
偶然と幸運を引き寄せた情報網
マッチングができたのは突然で偶然だった。広島安佐商工会の経営指導員から「こちらの区域で、県内で和菓子の譲渡の案件があれば是非紹介してほしい、という方がいます。」という情報が舞い込んできた。センターの持つ広い情報網が活きた出来事だった。
そして2人の相性が良かった事も幸運だった。マッチング後は、専門家も紹介しながら話を進めていき、最終契約締結に至った。事業承継後、立花さんは泉屋の味を守りつつ、アイデアやネットワークを生かして積極的に事業展開し、販路を拡大している。
安心して任せる事ができた
私の想いを全部受け止めていただけたので、安心して任せる事ができました。事業承継を考えている方は、早めに動くことをお勧めします。体が駄目になったら事業も駄目になります。事業が駄目になったら、絶対に次に引き継ぐ人は出てきません。体がしっかりしているうちに、引き継ぎを考えていった方がいいと思います。(古野さん)
広島県事業承継・引継ぎ支援センターによる事業承継事例
事業承継フロー
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1後継者不在で悩んでいたところ、センターへ相談
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2センター内で後継者候補を探すも、難航
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3商工会の経営指導員が候補者の情報を共有
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4課題であった菓子の製造経験がある候補者が見つかる
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5事業引き継ぎの交渉を経て事業譲渡
企業情報
創業:1959(昭和34)年
従業員数:10名
事業内容:和洋菓子の製造販売業
