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代表の引退は10年後
家族仲良く楽しい事業承継
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創業昭和元年の老舗和菓子専門店の3代目。 若い頃に洋菓子店で修行を重ね、和菓子の他にケーキやパンも製造していた。子育て中の娘たちに負担をかけたくなくて、自分の代で店は終わりと考えていた。
創業100年を迎える老舗菓子店
大切な家族だからこそ言い出せない…
現経営者の市川芳久さんは奥様と二人三脚で切り盛りしていた。娘さんは2人いるが2人とも良い出会いに恵まれ嫁に行き、孫も産まれた。菓子店の辛い面も身に染みているからこそ子育てに忙しい子達を見ていると「継いでほしい」とはどうしても言い出せずにいた。
一方で、長女の渚さんは子供が幼稚園に入り店を手伝うようになり、店舗改装にも率先して携わるようになっていた。店舗改装をきっかけに、同じく子供が保育園に入った次女つかささんも手伝うようになった。
自分たちが親になると両親や店舗の今後の話も出るようになる。店を継ぐ意思はあったが「お店をやりたい」と言うと、父に「店を辞めて」と言うようにも思え、うまく切り出せずに先延ばしにしていた。 そんな時にお世話になっている滋賀中央信用金庫豊郷支店の担当者に相談したところ、滋賀県事業承継・引継ぎ支援センター(以下センター)を紹介され、姉妹で承継するので女性の専門家の方が良いという事で、外部専門家として勤務されていた岡本さんが担当してくれる事となった。
10年かけて承継する
実際に専門家に入ってもらうとお互いに様々な事が見えてきた。芳久さんは「ケーキ作りをする中で、娘二人には自分と違う新しい感性がある事がわかったり、インスタグラムを使って宣伝したらお客様がたくさん来てくれるようになった。今後仕事を任せていった方が良いと考えるようになった。」と本格的に事業承継を考え始め、姉妹は経理面や手続き面や役割分担など今まで父が一人ですべてを行っていた事を知り驚いた。
専門家の分析で新たな不安も出る中で、センターからの提案は10年後を展望して無理なく承継する、というものだった。長女の渚さんは美的感覚に優れ、次女のつかささんは簿記に明るかった事から、各々の得意分野を10年後までにどうすれば良いかを一緒に考え、役割分担をし、無理なく子育ても両立できる正に最適なプランだった。
家族経営だからこその悩みをセンターが橋渡し
「家族みな仲が良いが、それだけに承継について話が出来ていなかった。」とセンターの岡本さんは振り返る。仲が良いために切り出すタイミングがわからないケースは意外と多い。岡本さんが最初に行ったのは、改めて率直なコミュニケーションを取れるよう橋渡しをする事だった。お互いの想いは一致しており、話を切り出してしまえばスムーズに話し合いは行われた。
次に岡本さんが行ったのは承継のプランニングと効率化だった。職人の技術は簡単に引き継げるものでは無く、姉妹は家庭や子育てもある。日々の生活に負担をかけず技術・経営ノウハウを伝承出来るように、代表の引退は10年後をスケジューリングした。長女の渚さんがケーキの製作面や経営、次女のつかささんが経理・店頭販売と役割分担を実施。10ある業務を8に効率化し、姉妹で4つずつとなるプランニングにした。更にセンターのネットワークを活用して洋菓子と販売促進を得意とする専門家の若岡さんを招き、漠然としていた技術伝承の具体化にも成功した。
承継は始まったばかりではある。事業承継に関する指針を設ける事で、事業承継までのスケジュールに無理が出た時に見直すこともできる。都度修正して無理なく承継ができるピッタリなプランニングとなった。
第三者の視点で素直に聞ける
事業承継はこれからであり、今回作成した事業承継計画通りにすべてが進むとは思えない。しかし、この計画からズレたとき、どのように、どのくらいずれたのかを判断できる基準を持つと安心できる。そうすれば方針に戻そうとか、いや、変えようとかを考える基準が常にあることは心強い。(市川さん)
滋賀県事業承継・引継ぎ支援センターによる事業承継例
事業承継フロー
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1子育ての合間に実家を手伝うようになった姉妹が地元信用金庫に相談
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2信用金庫担当者がニーズを汲み取りセンターに相談
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3センターの担当者が支援を開始し、家族内の想いの橋渡しをする
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4センターが無理のない業務の効率化と分散化、スケジューリングを行う
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5センターがネットワーク内で適切な人材を派遣し包括的な承継を目指す
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610年という長い期間で無理なく楽しい承継に向かい歩み始める
企業情報
創業:1926(昭和元年)年
従業員数:2名
事業内容:和菓子・洋菓子・パンの製造販売
